2011年6月28日火曜日

ロシア







初めて入る国。入国にはビザが必要な位なので、観光に力を入れていると言う感じは余り無かった。これまでの欧米諸国とはまた違った雰囲気のある国。
宿泊する宿へ中々辿り着けず、道ゆく人々に尋ねると、皆快く親切に説明してくれたのは印象的。時には、持っている携帯電話iphoneの地図で探してくれたりもしてくれた。
ロシア語は言葉も、文字もアルファベットでは無いので解らない。街中ではキリル文字しか無いので、地下鉄など乗る時は毎回ガイドブックを壁際で見てどうにか目的地へ辿り着いていた。

美術館は、プーシキン美術館のヨーロッパコレクションと、トレチャコフ美術館本館へ行った。プーシキンはコローの絵など多くあったが、それ程良いものは無い印象だった。
トレチャコフ美術館はロシア作家の絵。何故世界でそれ程有名にならないのだろうと思う程良い作品が多くあった。ロシア作家の描く自然風景の光の具合が、実際モスクワを歩いて見た景色から確かに納得出来た。
最後の締めとして良いものを見て勉強出来たので良かった。

ボルシチが美味しかった。

2011年6月26日日曜日

出国前

借りていた車を返却。総走行距離は約1500kmだった。大体一日60km走っていた事になる。この国の道路状況と運転事情は日本のそれとは大きく違い、安全は自分で保てと言う自己責任的である。見通しが悪かったり、道路が悪いのは当たり前なのだからそれを判断して自分で気をつけなさいと言う様な感じがある。車もオートマチックでは無く、皆マニュアル車で、これまで信号機を見た事が一度しか無い。大体交差点はラウンダバウト式。
全てがシステム化されて、安全を提供し続ける日本とは感覚が異なり、何処か危機感に対する感覚が研ぎ澄まされてくる様でもあった。
絵は、幾つかの発見もする事が出来た。

これより経由地モスクワへ行き二日間滞在後日本に戻る。

2011年6月19日日曜日

近況写真




ニ枚目は前回個展の案内ハガキの絵のモデルとなった場所。

2011年6月16日木曜日

先日

ウンブリアからトスカーナのキャンチャーノテルメと言う街に入ると、後方にカルビニエーリ(警察)の車が入って来た。これはスピードを控えて安全運転だと走っていた所、暫くすると追い越しをされてしまった。
街中でパトカーに追い越しされるとはさすがイタリアだなと思った。警官で無くともここの国では追いつけ追い越せのとてもスポーティーな走りが繰り広げられている。もちろんゆっくり走っている車もある。フィアットの「パンダ」やパタパタ言う音をさせて走る小型三輪トラックなど、この車には農家のお爺さんなどがセットのようになって乗っていてとても様になっている。イタリアの一つの景色とも言えると思う。

只今トスカーナの地域を周っている。

2011年6月12日日曜日

天気

気まぐれな天気。晴れたと思うと雲が出て来て時には雷雨。そしてまた晴れ。地元の人に訊くと、この季節にこれだけ雨なのは珍しいと言う。しかし、この言葉昨年か一昨年にも聞いた気がする。
途中車のトラブルなどがあり、絵の方は思ったより描けなかった。
車の方は元通り気を引き締めて運転中。
キャンプサイトでは、オーナーの人に大変世話になった。
明日よりトスカーナ地方に移動。あちらは比較的乾燥している地域なのでここ程雨はないと思う。

写真




2011年6月4日土曜日

4日目

午後よりにわか雨。傘をさして描いていたが、それでは間に合わず車内に退散。車の中に入り込んでいた虫と雨宿り。宿泊地から遠かったので干していた洗濯物はぬれてしまった。近くに湖はあるからだろうか、積乱雲が発生しやすい。

先日の朝描いていた時に、犬の散歩をしていた人に話しかけられ、英語ができたので知り合いになった。夫婦でローマから友人の家に休暇で来ているということ。
コーヒー飲みに来ないかと誘われたので、今日制作の合間にその家にお邪魔した。お互い上手ではない英語だが色々な話をした。
言葉はどちらかがとても上手だと安心して話しにくかったりするもので、話せないけれどまあ伝わるからいいではないか、と言う位同士だと良いペースで会話がしやすい。もちろん上手にならなくてもいいと言う事ではない。
やはり日本の地震津波、原発事故は関心があり、そのことについても会話に昇った。奥さんは一度日本に来たことがあるとのことで関心があるらしい。
休みの日にこんな場所で過ごせるのはとても羨ましいなと思った。

写真の転送が上手くいかないので、まだ掲載できないでいる。

2011年6月3日金曜日

到着後

モスクワを経由し、ローマに到着。その日は市内の宿に泊まり、翌日街の画材店を訪ねたが閉まっていた。下調べした情報では「開いている」と書いてあったのだが駄目だった。
そこへ向う途中、警備が至る所にしかれていた。道はバリケードされたり途中封鎖されておて、ある場所へ行くと人々が集まっており警備も一層多くなっていた。
行きたい方角への道路が封鎖されていたので暫く足止めされていると、目の前をパトカーで先導された黒塗りの車が通った。ローマ法王か?と思ったが、近くの人に訊くと元首の「ジョルジュナポリ」とのこと。何とも厳重であった。
元首ではないが、イタリアの首相は一度就くと中々退かない。昨今の日本のそれとは反対。

その日のうちにウンブリア地方に移動する予定間ので諦めてレンタカーオフィスへ行き、予約した車を借りた。途中道を何度か間違えたが、それによっていい景色も発見できた。
無事到着し現在滞在2日目。

2011年6月1日水曜日

出発


5月後半は準備に追われあっという間に出発の日。
やはり家族と暫くの間会えなくなるのはさみしくもある。反面、全てから離れて制作するぞという気持ちもある。
子供は一月一月の成長が目に見えるので、来月見た時は変わっているのだろうな、と思っている。忘れられていなければいい。

今回もローマから入り、ウンブリア、トスカーナ近辺を回る予定。殆ど田舎なのでキャンプ場泊の日が多め。