2009年12月13日日曜日

サギ

「詐欺」の話ではなく。朝野川沿いをランニングしていると、時々パンくずを大量に撒いて鴨に餌付けをしている人を見かける。野鳥に餌を・と言う話ではなく、集まってくる生き物について。鴨だけではなく地上にはハトも混じっている。
穀物を主食としている鳥にとってはありがたい恵みだと思う。しかし、今日はその後方下流にシラサギまで来ていた。魚などを食べる捕食者の鳥がパンの餌付けに慣れてしまっては生態系が崩れてまずいと思っていた。
しかし暫く観察していると、そのシラサギは他の鴨達と違い、常に後方でパンではなくせっせと水の中にくちばしを突っ込んでいる。 なんとパンくずを食べに来た小魚を狙っていたのだった。普段より大漁のようで、よく小魚をくわえていた。
賢い「サギ」に出会ってひとり納得していた朝だった。


2009年12月12日土曜日

教室

春先は多いが、珍しく秋頃より新しい生徒の人数が増え、現在の場所では手狭になってきてしまった。来年より教室を広いところに変えて行おうと事務所の方にお願いしている。
教室授業の方は、生徒のかたそれぞれの特徴があって、同じ道具、描きかたでもどれ一つとして同じ表現では無くその人の個性が感じられる。絵が上達する楽しさを感じてもらえるようにあれこれ考えているところ。

2009年12月9日水曜日

個展を終えて

札幌から戻り昨日無事終えることができた。
今回も沢山の人達に見に来てもらい、喜んでもらえたことは嬉しかった。
描いているイタリアの郊外の景色が北海道の風景に似ている点があって、なじみをもってもらったというのもある。
北海道は学生の頃バイクで一周したのと、一昨年小樽~札幌を訪れて以来三度目になる。食べ物はやはり何度訪れても美味しい。
街(市街)は大体明治以降に出来ているので広く区画されていて、道路などはアメリカを連想する感じだった。
暖房設備も本格的なので外以外はあまり寒いと感じることは無かった。

所で、札幌駅をyahoo mapで調べていたところ、駅の屋根に案内文字が書いてあるのを発見した。

2009年12月5日土曜日

札幌へ



9時羽田空港発の飛行機に乗るため朝6時に家を出発。
今日は晴れ渡っていて空港からも富士山がくっきり見えた。他多くの人と一緒に写真撮影。
札幌大丸の会場は一年半前に出来たと言う綺麗な所。珍しくレストラン階と同じなので昼時に多くの人が見に来る。

外は日中でも-3℃。まだ体が冬に慣れていないので信号待ちのひとときがこたえる。

2009年11月27日金曜日

札幌個展

今回の個展の作品作りを先日やっと終えた。
(案内ハガキが間に合わず口頭もしくはここでのお知らせになってしまい申し訳ありません。)
12月2日(水)より8日(火)まで札幌大丸で開催となります。


帰ってきてから英国産の風邪に悩まされ、昨日辺りやっと落ち着いてきた。ただ、旅で身についたのは風邪だけではなかったと思いたい。

2009年11月15日日曜日

村から村へ

日曜日。目指すはバイブリーと言う小さな村。途中チッピング・カムデンという村に立ち寄り歩く。骨董品屋や骨董市が多い。
ある店は、足元から天井までまさに所狭しとはこのことだろうと言うほど骨董品が陳列と言うより、無造作に置かれていた。置いてあるものの裏やその奥にも、決して手が届かない物陰にも。
うず高積まれた皿や陶器、グラスの間を恐る恐る通り抜ける。





値段は、すごく安かったり、いいと思ってひっくり返して値段をみると、とんでもない値だったり。骨董品の魅力はこういうものなのだろう。四人で足止め、さほど広くない店を気がつくと一時間ほど見まわっていた。

バイブリーでは川辺の絵を描いた。日が落ちるのが早く、曇りと日差しの繰り返しが多いので描くのが難しかったけれど、イギリスの秋冬の色を少し知ることが出来た。




ここで降ろしてもらい、一泊。
ホテルに飾ってあった毛糸を編んだタペストリーに昔の画家の制作風景が描かれていた。どういうやり方で描いているのか不明だけれど興味深かった。

2009年11月14日土曜日

荒天

土日は兄が休みなので車で郊外へ連れて行ってもらった。

しかし、週末初日は低気圧がイギリスを覆っており、向かった南の海岸の町は今までに経験したことが無いほどの風が吹いていた。通り雨が降ったり晴れたり。イギリスの天気は「曇り時々雨時々晴れ」といった感じ。
ブライトンと言う港町に立ち寄った後、白亜の海岸が綺麗だと言うセブンス・シスターズという岸壁へ向かった。

セ ブンス・シスターズは、ハイキングコースとなっていて普段は羊のいる丘を歩いて岸壁を観に行くらしい。が、この日は風が強く、海辺の岸壁に近づくにつれ風 は最高潮に達し、丘の上では立つことも難しくなった。風で飛ばされた小石が体にぶつかってきた。自分が飛ばされるとその先は崖なので危険も感じた。のどか なハイキングコースの筈が、寒くは無いが高山を歩く登山家の雰囲気でコースを乗りきるといった感じになっていた。
写真:

なので白い岸壁の印象はあまり無かった。ここで絵を描くことは不可能だったがここの風の印象は忘れないほど強い。

2009年11月13日金曜日

美術館



今回は見て勉強するため美術館を回るのがメインだった。
ナショナルギャラリーは、コローの風景作品をよく見ることができた。
また、テートブリテンは今回の滞在で二度足を運んだ。人が少なかったのでこちらも一つ一つの作品をしっかり観察することが出来た。
ウォレス・コレクションは絵画こそ上の二つほど多くないが、有名作家の作品が多く展示されている。
こういった美術館に展示されている作品の質の高さは歴史を通して残されている作家のものなのでどれもとても高い。
しかし、歴史に埋もれた画家と言うのもいて、飛行機内でやっていたアート番組で出ていた〝Edward Seago”という風景画家の作品はよく、雲の表現が素晴らしかった。

イギリスへ

兄夫婦の赴任先ロンドンへ妻と行くことに。
イギリスは曇り空が多く、着いた初日だけ晴れていたがそれは珍しい様で、その後は雨曇りの繰り返し。
最 初に訪れたのは妻の希望でなぜか小さな動物農場。観光客など全くおらず、子供連れのお母さんだけだった。居たのはウサギ、アヒル、ニワトリ、そこで飼われ ている猫、、他ウシが数頭程度。一回目なのに何故か「二度目に訪れるロンドン」という本を読んで見つけた場所のようだ。




歩 いていると、足元に見慣れた草が生えていた。青シソのはだと思い、触ってニオイを確かめようと思いつまんだら激痛が走った。なんとシソだと思っていたのは このブログに以前も二度ほど出てきた「イラクサ」だった。イギリスロンドンにまで来て再びイラクサにやられるとは思わなかった。その日は一日痛かった。


チクチク指をしびれさせながらナショナルギャラリーを回った。

2009年11月5日木曜日

11月

あっという間に11月に入った。 更新が滞っていた。
外の空気も段々冬になってきている。現在は次の個展に向けての作品を制作中。
直接風景を見て書いた部分にイメージを併せた作品になる予定。  (F40作品部分)

                       


話は変わって、昨日ある放送番組でやっていた内容で、「疲労と疲労感は違う」というらしいことを改めて知った。(詳しくは

昆虫ではないが、寒くなってきたので体を動かしにくくなってきた。疲れをためないためにも運動はしたほうがいいなと思った。

2009年10月17日土曜日

木と幾何

 
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fd/Von_Koch_curve.gif


最近外で描くのも寒くなってきた。
屋外で風景画を描いていると、木の形や雲、山の縁など色々と外形(ふち)を観察することになる。そこで「フラクタル」という考えが度々出てくる。上の図は三辺の直線を折り上げた三角を作り、更に相似でそこにできた直線を折り上げて、繰り返し・・というもの。
数学の考えだけれど、自然には多く見られるもの。
例えばモミの木を見ると大雑把に見ればとがった三角形、すこし細かく見るとギザギザの集合から出来た三角形、更に近づいて見ればその枝のかたまりもギザギザの葉の集合・と繰り返している。
 


絵を描くときには何処まで描けば良いという答えは無いので、ある画家は最大の外形を捉えて描き、ある画家はその次まで描く。もっと描き進めていく人も居る。それぞれで良さは表現できる。
一見、一番大きな形を捉えて描くのは一番単純で楽そうだと思うけれど、これがまた難しく、そのものの形を筆の動きで表現する必要があるので、イメージで行くと書道に近い。動きのある絵は、全体としてのリズムも必要になる。
他方、細かさを突き進めれば、フラクタルのようにその先の先のサキ…となる。

絵には文学的な考えも、理科の要素もあるから奥が深い。
下の葛飾北斎の波もフラクタル。

2009年10月9日金曜日

早起き

 

午前四時に起き絵の支度を整えて、まだ薄暗い中外出。行き先は多摩川。
日の出を描くために自転車でひたすら南へ、途中東の空が明るく色が変わり始めたので急いだ。大体二十分位で多摩川の橋を渡るともう神奈川県の川崎市。
回り込んで丁度川を挟んだ日の出の見える場所へ。台風後なので川の水かさがまだあり、風も少しあったので寒かった。日の出の時刻と方角は前もって調べ、その時間(五時四十一分)に見える近い場所を地図で探し一番描くにはよいだろうなという場所が今回の「多摩川沿い」だった。


日の出を描くと言ってもその前後を見ているのと見ていないのではその印象が断然異なる。夜の暗さから朝へと次第に変わっていく様子や日が出て空と地面全体が活動を始めるような感じは直接居合わせないと感じられないと思った。
印象は「時間制限付き」なのでしばらく経つと薄れていってしまう。絵に描くことでそのイメージを写真より強く残すことが出来るけれど、日の出は本当に一瞬なのであっという間に終わってしまい、急いで描いた。
 
 

明るくなって雰囲気の変わった街を抜けて戻った。途中、何処かの家から朝食の支度だろう、ゴボウの味噌汁のいい匂いがした。

2009年10月5日月曜日

三日目終了

前回は携帯からの更新でとても箇条書きになっていた。

 
会場出席は三日間だけであったけれど、内容は濃かった気がする。
大阪だから知り合いの人はほとんど来ることはないだろうと思っていたが、遠くから来てもらったり、人づてで聞いて観に来てくれたりしてくれる人がいてよかった。

二日目の夜は雨も降っていなかったので大阪駅から「御堂筋線」という地下鉄に乗り、「なんば」駅でおりる。
そこから歩いていくと有名な道頓堀に出られる。何か食べようと思ったがとにかく右も左も食べ物屋だらけ呼び込みだらけで迷う。ある店でたこ焼きと串揚げを食べてみた。夕食としては変わった組み合わせだが美味しかった。
街の雰囲気が大変賑やかで、渋谷と上野アメ横と新宿を併せたような感じ。中国のツアー団体もよく見かけた。大阪駅の「北」と「南」は別の文化地帯のようだ。

関 東と関西(大阪)の風習の違いを幾つか体験した。エスカレーターの乗って立つ位置は右左逆なのは有名だが、面白かったのは新大阪駅で東京に帰るホームに上 るエスカレータでは「関東式」ということ。右待ちと左待ちはどの辺りから変わるのだろう、名古屋辺りからだろうかなどとと考えた。

2009年10月3日土曜日

大阪へ

 
考えてみると、自分はまだ大阪に行った事が無かった。9時の新幹線こだまで新大阪へ。会場はそこから次の大阪駅。改札を出てすぐだったので迷わずに見つける事が出来た。

会場では色々な人と話をした。メディアのイメージの「大阪人」が先行して、どうなるのかと思っていたが、実際はそんなことはなく普段どおりに話せた。おばさんたちが元気いいのは関東も関西も変わらないと思う。

夜は持って来た本を読もうとしたが、BSデジタルでイタリアの映画“ニューシネマパラダイス”をやっていたので見た。丁度、一昔前から最近までのイタリアの人達の暮らしが垣間見れて面白かった。曲もよい。

2009年10月1日木曜日

10月

早くも10月、今日は天気がいいので蝉もまだ頑張って鳴いている。

先日の騒動の様なモノから気を取り直し、30日より大阪での個展が始まった。
自分は週末の三日間のみ会場に居合わせることになるので様子が分からず多少気になる。
この間にも次回の展示作品などを平行して制作している。久しぶりに静物画にも取り組んでいた。

2009年9月29日火曜日

流行り

「自分は引っかかるわけは無い」と思っても引っかかってしまうかもしれない。
昨日実家から電話がかかってきて、「インフルエンザになったのか?」と突然聞かれる。何を言っているのか分からず尋ね返すと、先ほど自分らしき「モノ」から、「風邪を引いたから・」という電話がかかってきたらしい。
これを読んでほとんどの人は以前特に流行っていたものと気付くと思うが、実際電話を受けた実家側は直ぐに気付かずそのまま話を続たらしい。電話には通話録音機能があり、電話越しにその話の内容を聞かせてもらった。
鼻声で、自分に似ていなくも無い、が、やはり違うのだが・。
面 白がりながらその手口の会話を聞いていると、段々その自分と名乗るその男に対して腹立たしくなってきた。以前テレビで、実際の詐欺グループの取材を匿名で 行った番組を見たことがあったので、相手のイメージが出来てなおさらだった。その男は「明日朝一番で病院にいってかけ直す・」と言い要求はせず、翌日にも かけてはこなかった。
世の中にはいろんな手口の詐欺や犯罪があるけれど、こう身近に起こり、対処として「電話の際には合言葉を」などとスパイのように掛かってくる相手もすぐに信用できなくなる世の中になるは寂しいものだと思う。

2009年9月17日木曜日

再会

第一回目の受け渡しが完了した。自分はあまり作品のタイトルにこだわる方ではないのだが、時々「これしかない」と言ったタイトルの作品もある。そういった作品は描いている時にすでに決まっている。

メイン作品群の受け渡しが終わり少し気が緩んでいたのか、その日の夕方から久しぶりに留学時代の学友たちと集まることになっていたのだが、集まりの時間近くまで寝込んでしまった。連絡をもらい、急いで向かうことに。
集まったのは日本の新宿だったが、最初はアメリカで集まっているような感覚になった。ありがたいことに結婚のお祝いまでしてくれた。
当 時は、「校内禁酒」という一応のきまりがあったので、宴は寮の部屋でささやかにやっていた。誕生日か何かの時、友達がビールなどを250ドル分も買って寮 に戻ろうとしたところ、校内警察のパブリックセーフティーに入り口で見つかり全て没収されてショックをうけていた。 おそらくパブリックセーフティーは没 収品をありがたくそっくり頂いていたのだろう。週末は収穫時だったのだろう。

今は皆それぞれの道を進んでいるのでこれからも楽しみだ。
因みに現在は校則が変わり、校内での飲酒もOKとなったらしい。しかし未成年の飲酒は依然厳しい罰が設けられている。

一息入れられたので次の締め切りまでの作品制作を再開しようと思う。

2009年9月14日月曜日

ある植物

水面を描く練習で最近、近所の野川沿いで描いていた。
周辺は雑草の宝庫になっていて、ここでもよく言われている「外来種」がしっかり幅をきかせている。
休んでいるとき、川岸をほとんど一種類だけで占められている繁殖力旺盛なツル植物をつまんで伸ばしたりしてながめていると、そこで発見。
先端のツルのぐるぐるはいつも同じ方向でらせんの形をしていると思ったら途中で数回、回転方向を変えていた。調べてみると全てのつるが途中で回転の方向を変えていた。
とてもどうでもいい発見だが、少し感動した。これもこの植物の工夫で、進化の過程で「これはつるの回転を途中で変えたほうがいいみたいだぞ」と気付いたんだろうと思った。 名前を調べたところ「アレチウリ」と言うらしい。二枚目の写真を見ると途中二回ほど回転の向きが変わっているのが見える。
 


調 べたサイトで見てみると「ビンボウグサ」と言っていた「ハルジオン」なんかも外来種だったりして、身の回りに生えている草花は殆ど外国産ということになっ ていた。そして、どうもそれらが「北アメリカ原産」と言うのが多い。植物も文化も北アメリカに・などとと考えてしまう。
まだ外国との行き来が盛んでない江戸時代などの野の風景は今とは違っていたのだろうなと想像した。

生物多様性問題の話題をよく聞くけれど、入ってきたものを排除してもとの生態を守ろうとするのも無理がありそうだ。あれだけ旺盛に生えているセイタカアワダチソウやオオハンゴウソウの黄色い花群を見たらイタチごっこで、「外来種を排除する会」とかいった幕末の攘夷派のようなものを結成して徹底的にやらないと取り除きようは無いだろうなと思った。
幕府は結局開国していたけれど、

2009年9月6日日曜日

ビール

 

誘われて出たフットサルの大会。メンバーは人数ギリギリだった。
「これは参加費払い損だな」と思っていたら、一回戦二回戦と勝ち進んでしまい、結果優勝してしまった。
商品ビール四ダース。五人で山分けとなり、それぞれ行きより重たくなったバックを背負って帰ることとなった。

家に帰り勝ち取ったビールをさりげなくしかし目立つところへ、帰って来た妻に自慢するために積んでおいた。
フットサルもいいが本業でも成績を残さないといけない。

作品搬出締め切りまであと一週間を切った。

2009年9月3日木曜日

秋らしい

最近は暑さもおさまり、蝉の鳴き声ももうしばらくすると聞けなくなる時期になってきた。涼しいので過ごしやすい。すごしやすくなって制作が進めばなおいい。
今日担当者の人と次回展覧会の話をし、「そろそろペースを上げなくては」と思った。案内ハガキも完成し届けて貰ったものを見て「それそろ本腰を入れないと」と再度思った。

個展のお知らせ

場所:大阪梅田大丸百貨店11Fアートギャラリー。
期日:9月30日(水)~10月6日(火) ※10月2日(金)~4日(日)には自分も会場におります。


先月イタリアで描いた作品も入っています。近くに寄る事がありましたらぜひお立ち寄り下さい。

過去と今後のの展覧会についてはこちら

2009年8月18日火曜日

奈良井宿へ

先日嫁と深大寺高速バス停留所から乗り込んで、長野県の奈良井宿へ向かった。

(このバッタは草で作った「つくりもの」)

中山道の宿場町で自分の地元埼玉県上尾も中山道が通っていたので辿って行けば着ける筈。

標 高は1000m以上で涼しいが日差しが強いので日向は暑い。丁度盆明けで人の数もある程度落ち着いていた。もうここの学生たちは夏休みが終わり、新学期が 始まったらしい。「まあ夏休み後半になるとダレてくるので丁度このくらいでいいものではないか、静かだし。」と、自分がもし学生だったら決して思わいよう なことを考えてしまった。
ここの小学校は聞くところによると特徴的で、生徒数は全学年で100名程と少ないが、校舎は総ヒノキ造り。更に漆器の産地と言うことで給食の器は全て漆器らしい。
以前テレビで、お茶の産地の小学校の水道からお茶が出てくるのを見た事があった。
同じ中山道沿いの小学校でも地域それぞれ特色の違いがあるのだなと思った。

奈良井から一時間位離れた諏訪で青木敏郎の絵画展が開かれていたので立ち寄った。



途中、駅にはJRの看板と同じ形で足湯の看板があった。珍しさでこの暑いのに入って温まった。

帰りのバスはUターンラッシュの残り渋滞に巻き込まれて大幅に遅れた。
途 中、小仏トンネルを抜けた辺りで右側の暗い山々の間に一つ、賑やかに輝いている場所があった。多分高尾山ビアガーデンだと思う。今日もあんな所に沢山のひ とが集まり賑わっているのだろうな、と先日自分はそこに行ったばかりなのだが、今回は遠く離れた渋滞で動かないバスの窓から眺めながら、賑やかな光景を想 像して腹を減らせていた。

2009年8月10日月曜日

画像が多い更新


昨日まで制作の過程を記録しながら個展用DM作品(になる予定)を制作。その流れを載せてみることにした。

先月現地で描いた作品をもとに、
先ず単色(ローマオーカー)で下描き。   
明るさの基準となり、塗る面積の大きい空とその境の遠い山々を描いて、、

 
遠景から手前へと徐々に色を変えて描いていく。  


手前まで塗って全体が一応全て覆われ、
修正、描き足しをして仕上げる。
 


改めて、現地で鉛筆による写生等をやれば更に描き進めていけそうだと感じた。今日梱包して発送。大体表面は明日には乾いていると思う。

2009年7月28日火曜日

山へ

天気予報で「曇り時々雨」との事なので友人と予定していた陣場山~高尾山、そして終着ビアガーデンを今年も決行した。

昼に高尾駅で待ち合わせる。天気は雲間から太陽が出たり隠れたり。駅から更にバスで陣場高原下まで30分程揺られ、たどり着いた頃には曇り空になっていた。
そして登り始めて少し経つと雨が降り出した。どちらが雨男と言うわけではないのだが、この友人Mと行動する時はかなり高い確率で雨になる。しかし、こちらもきちんと雨の用意はしてきた。
リュックから一度も使ったことは無かったが、家にあった嫁の雨合羽を取り出し、先ず上だけを着ようと片方を出すと間違えてズボンを出してしまう。
戻して、もう一方を取るとまたズボンを出してしまった。「しまった物をまた取り出すなど不注意だった」などと思い今度は片手に今取り出したものを、そしてバックに入っている方をしっかり出す。
しかし何とこれもズボンだった。 持って来た雨具は何故か両方ズボン。仕方なく一つを頭から被り、もう一方を肩にかけて歩く。友人は普通に雨具を着ていた。
更に雨が強くなってきたので、肩にかけていた雨具ズボンを履き、大きいごみ袋に穴を開けて上着の合羽(胸に”東京都23区指定ごみ袋”のロゴマーク)とし、二枚目のズボンは被って歩く。「この格好で遭難したくは無い」と強く思った。(写真はFaceBookのタイムラインに投稿されている)

去年と同様、雨なので道中大きな蛙に多く遭う。
着く頃にようやく雨は止み、雲がかかった遠くの山の連なる景色が夕日と相まってとてもきれいに見えた。



あとは、ビアガーデン飲み放題食べ放題2時間勝負でいつもの3倍以上は食べた。5時間、18kmは結構なエネルギーを使ったようだ。

2009年7月22日水曜日

現地で気になっていたこと

「バーントシエナ」や「ローシエナ」と言う茶色の絵具がある。直訳すると「焼いたシエナ土」、「生の(そのままの)シエナ土」。シエナで絵を描いていた 時、地面の土の色がこちら関東ロームのこげ茶色と違って、明るい黄土色の特徴的な色だなと思い、これで絵具を作ってみたらいい色になるかなと気になる。そ して甲子園球児のように土をかき集めて大切に持ち帰ってきた。
家で砕いて細かくし、油その他と混ぜ、練り合わせて自家製の「ローシエナ」が出来た。色はそれなりだが、砕きが足りなかったので粒の荒めの絵具になってしまった。絵具に砂を混ぜて描くと言う描き方があるが幾分そのような感じ。
滞在中に作った「日本に戻ったらやりたいこと、やることリスト」の一つが出来た。



2009年7月18日土曜日

帰国後

以前は戻ってきた時、日本と滞在していた国とを比べてばかりで、ここがどうだ・とか色々言っていたが、今回は何故かぱっと切り替えられた。どちらが良いと か悪いとかではなく社会がそれなりに出来ていて、人々はそこでその環境に対応して生活をしているだけなのだから気にしない、でいいと思う。(帰国のローマ ではあまりに待たされ苛立っていたけれど、)
到着後迎えに来てくれた妻と帰り、家に着く前に食べた深大寺の蕎麦はかなり美味しく思えた。

これから次の個展に向けて描いてきた絵の修正やそれを元に大きい作品づくり等。海外では絵を描くことと、食べるものが重要課題で気にしていればいいが、日本ではそうも行かず色々とやる事もある。他方、良い知らせや楽しみなこともあった。

2009年7月15日水曜日

最終日




イタリアの農村風景は起伏に富んでいて遠くまで見渡せる。歩く度に新しい景色を発見できるのでつい遠くまで行ってしまう。
泊まっている所が遠いため、1日景色を求めて10km位は歩く時もある。絵の具で汚れたシャツとそれ以上に絵の具だらけの絵描き道具。市街を通る時は、綺麗な格好をした観光者たちを後目に足早に通り抜ける。裸の大将の様に気にしないでいけたら楽だと思う。
ただ描き始めてしまえば人が見ようが気にならないが。


二つ目の写真は昨年やられた触ると痛い毒草。今年もまたやられる。
葉を少し長くした青じそのような形で、主に日の当たらない場所に生えている事が分かった。
痛い。

(追記)その後の調べ分かったのだが、これはイタリアでは"Ortica”という名前で、毒草ではなく日本では「イラクサ」と言うものであった。しかもこれお茶にもされていて、花粉症に効果ある様なことも書かれており驚いた。

2009年7月13日月曜日

歩いて出会うもの




イタリアの農村風景は起伏に富んでいて遠くまで見渡せる。歩く度に新しい景色を発見できるのでつい遠くまで行ってしまう。
泊まっている所が遠いため、1日景色を求めて10km位は歩く時もある。絵の具で汚れたシャツとそれ以上に絵の具だらけの絵描き道具。市街を通る時は、綺麗な格好をした観光者たちを後目に足早に通り抜ける。裸の大将の様に気にしないでいけたら楽だと思う。
ただ描き始めてしまえば人が見ようが気にならないが。


二つ目の写真は昨年やられた触ると痛い毒草。今年もまたやられる。
葉を少し長くした青じそのような形で、主に日の当たらない場所に生えている事が分かった。
痛い。

(追記)その後の調べ分かったのだが、これはイタリアでは"Ortica”という名前で、毒草ではなく日本では「イラクサ」と言うものであった。しかもこれお茶にもされていて、花粉症に効果ある様なことも書かれており驚いた。

2009年7月6日月曜日

折り返し

フィレンツェ市街より車で30分程のキャンティと言う地域にある農家の家に泊まり2日間レクチャーを受けた。
色々な情報から離れて独りで描き続けていると、どうしても思い込んでたり見落としたりすることがあるのでそれらを確認する意味でも参加した甲斐があったと思う。

シエナには夜到着。案内所で宿泊する所へ向かう方向のバスを聞くと「No.3に乗れ」と言われる。案内所のバス時刻表は張り紙チラシの様に部屋中あちらこちらに貼られたり剥がされたりして表もバラバラ統一されておらかず、これはあまり見る気になれない。聞いた方が早い。
バス停で最終の3番のバスに乗る。
途中何やら方向が違っている気がしてきて運転手に尋ねてみると、「このバスでは無い」と言われる。「No.3のバスは3種類あるんだ」と言う。最終だったので勿論次のバスはなく、反対の方向に来てしまった。仕方無いのでタクシーをつかまえることに。
ここに来て何かイタリアに来たと言う感じがした。

2009年7月3日金曜日

次へ


オルビエトの滞在が終わり次はフィレンツェへ。
前 述の通り、オルビエトは前半曇りと雨の日に多く見舞われ、最後の辺りになりやっと晴れ間がでて来た。それでも1日ずっと天気という日は無く、いつもどこか でゴロゴロ・と雷雲が出来ていた。先日は遠出して場所に着き、折角描き始めた所で雷雨。更にミニトマト大(最近よくパスタに入れて食べている)の雹まで落 ちて来た。付近に屋根のある建物などは無く、多分雷が落ちなさそうな木の下に雨宿りで入ったが殆ど意味無くづぶ濡れになった。
テレビもラジオも無いので空を見て、雲の様子からこの地域の日射しの具合が予想出来るようになった。
もう別の場所に行くので意味ないが。

絵の方は晴れが短いので自然早く描く様になった。今のところ6号以下の小作が20点。

2009年6月24日水曜日

曇りが多い




妻の方は仕事があるためローマから日本に戻り自分はこれよりイタリアで3週間風景画の集中制作。行き先はオルビエト~フィレンツェで、ある風景画家のワークショップに3日参加し、最後にシエナへ行く。
しかしオルビエトは到着早々曇りや雨ばかり。少しの晴れ間を狙って描いている状態で中々進まずもどかしい。今年は雨が多いと宿の人が言っていた。

出 発前に空港で買った村上春樹の遠い太鼓と言う本を読みながら晴れるのを待っている。本は筆者がギリシアとイタリアに住んでいた時のエッセイ。丁度今回の行 き先と一緒だった。妻が見つけ買った物。最近流行っている新刊があるが読まない。流行っているときに一緒になって飛び付くのが好きでなく、ほとぼりが冷め た頃に手にしたりして、やっぱりいいなこれと思ったりする。
つまり時代遅れと言うのかも知れない。

2009年6月21日日曜日

5日目






顔や腕等は強烈な日射しにより黒くなる。余りの眩しさに明るい場所へ出ると右目が痛くなってしまった。サングラスはしたくないのでしない。
4日目は近くにあるイオス島へ船で行く。島の縁の人が滅多に歩かないような小路を探索。辺りの景色が凄かった。
写 真の様にギリシアの島では、階段や石畳の石一つ一つに白い色で縁取りしてあるのが面白い。手間を考えるとただの模様ではなく歩きやすくするためのものだと 思うが、道路の街路樹の幹までも全て白にされているのを見ると、ギリシアの人は目が悪いのかと思えてしまう。人柄は親しみやすい人が多い。

下は眩しさに耐えて描いていた景色。

2009年6月17日水曜日

サントリーニ島




成田空港よりローマ、アテネで乗り継ぎ、「サントリーニ島」と言う全長10km程の島に到着。
朝は風が寒く感じたが昼は強い日射しと白い建物(街全部)の照り返しで暑くて眩しい。
写真等でよく見る真っ青な空は地上が白いからそのコントラストで更に深く蒼く見えるため。
中々のんびりして良さそうなところ。街は白と青で構成されているので、絵を描く絵の具、セルリアンブルーの青とチタニウムかシルバーホワイトの白が両方とも乾きにくい色で持ち運びにくいと気付いた。

泊まる所に着いたら連れと二人で昼間から倒れる様に睡眠。


下の写真は竿竹売りならぬ壷売りの車。車からのスピーカーアナウンスが竿竹売りによく似ていた。